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東京高等裁判所 昭和50年(ネ)819号 判決

控訴人(付帯被控訴人) 窪田章

〈ほか二名〉

右三名訴訟代理人弁護士 乙黒伸雄

被控訴人(付帯控訴人) 網野正夫

右訴訟代理人弁護士 中村光彦

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

1  被控訴人(付帯控訴人)は、

控訴人(付帯被控訴人)窪田章に対し金一、三八九万、〇一六円および内金一、二六九万九、〇一六円に対する昭和四四年一一月二日から、残金一二〇万円に対する昭和四七年一一月一六日から、各支払ずみまで年五分の金員、

控訴人(付帯被控訴人)窪田節男に対し金一三五万円および内金四〇万円に対する昭和四四年一一月二日から、残金九五万円に対する昭和四七年一一月一六日から、各支払ずみまで年五分の金員、

控訴人窪田武子に対し金四五万円および内金四〇万円に対する昭和四四年一一月二日から、残金五万円に対する昭和四七年一一月一六日から、各支払ずみまで年五分の金員、

をそれぞれ支払え。

2  控訴人(付帯被控訴人)らのその余の請求をいずれも棄却する。

二  被控訴人(付帯控訴人)の付帯控訴を棄却する。

三  本件訴訟の総費用は、第一、二審を通じ、その三分の二を控訴人(付帯被控訴人)らの負担とし、その余を被控訴人(付帯控訴人)の負担とする。

四  この判決中控訴人(付帯被控訴人)ら勝訴の部分は、仮りに執行することができる。

事実

控訴人(付帯被控訴人。以下単に控訴人という。)らは、控訴につき、それぞれ、「原判決を次のとおり変更する。被控訴人(付帯控訴人。以下単に被控訴人という。)は、控訴人窪田章に対し金六、一九二万二、三八三円および内金五、八九二万二、三八三円に対する昭和四四年一一月二日から、残金三〇〇万円に対する昭和四七年一一月一六日から、各支払ずみまで年五分の金員を、控訴人窪田節男に対し金五二三万〇、七六〇円および内金一五〇万円に対する昭和四四年一一月二日から、残金三七三万〇、七六〇円に対する昭和四七年一一月一六日から、各支払ずみまで年五分の金員を、控訴人窪田武子に対し金一六五万円および内金一五〇万円に対する昭和四四年一一月二日から、残金一五万円に対する昭和四七年一一月一六日から、各支払ずみまで年五分の金員を、それぞれ支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、付帯控訴につき、いずれも棄却の判決を求めた。

被控訴人は、控訴につき、控訴棄却の判決を求め、付帯控訴につき、「原判決を取り消す。控訴人らの請求をいずれも棄却する。訴訟費用は第一、二審とも控訴人らの負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の主張は、以下に付加するほか、原判決事実摘示のとおりである。

(控訴人らの主張)

一  本件事故の態様。

被害車が塩山市三日市場方面から進行し、左カーブを減速して曲ったところ、反対方向の山梨市方面から、加害車が減速せず小廻りして被害車の進行車線上を被害車に向って直進して来るのを約二〇~二五メートル前後の距離で発見したので、正面衝突の危険を避けるため急ブレーキをかけたところ、転倒し、直進して来た加害車に衝突した(別紙添付の原審第二回検証見取図参照)。

二  加害車の無過失および被害車の過失についての被控訴人の主張は否認する。

仮りに被害車にも過失があったとしても、その割合は僅少である。

三  控訴人窪田章の損害の訂正、追加。

1  逸失利益。

控訴人章は、本件事故がなければ、大学を卒業して給与生活者として生涯を送る予定であったところ、本件事故のため労働能力を一〇〇パーセント喪失した。そこで、控訴人章の逸失利益は、大学卒業予定年である昭和四八年度の賃金センサス(労働省作成賃金構造基本統計調査)の男子大学卒業者の企業規模計賃金水準を基礎にして算出すべきである。これによると、二二才から四一才までの年平均給与(特別給与を含む。)は一八九万八、一〇五円となるから、章が二二才から六五才まで就業可能として、右金額を四四年間毎年得べきものとし、その合計額を現価に引き直せば、

一、八九八、一〇五円×二二・九二三〇(四四年の年五分ホフマン式係数)=四三、五一〇、二六〇円

となる(右算出方式は、将来のベースアップおよび四二才以降の昇給を考慮しないでとらえたもので、蓋然性の高いものである。)。

2 車椅子代。

控訴人章は、本件事故による下半身麻痺の後遺症のため、歩行が全く不可能となったので、車椅子が生活必需品となった。車椅子は五年に一度は買い替えなければならないので、同控訴人の平均余命五〇年間に一〇台は必要であり、一台の価格一四万九五〇〇円につき、五年ずつの購入毎にホフマン式により現価を算出すると、合計八〇万五三八七円となる。

3 よって、右の1、2を従前主張のその余の損害に加えると、控訴人章の受けた損害は合計六、七二三万五、三五三円となるから、これから既払の五三一万二、九七〇円を控除した六、一九二万二、三八三円および内金五、八九二万二、三八三円に対する本件事故の翌日の昭和四四年一一月二日から、残金三〇〇万円(弁護士費用)に対する本件訴状送達の翌日の昭和四七年一一月一六日から、各支払ずみまで年五分の遅延損害金の支払を求める。

(被控訴人の主張)

一  本件事故の態様についての控訴人らの主張は争う。

加害車は、自己車線上を正常に運行し、本件カーブにさしかかって、減速したものである。

被害車は、必要がないのに急ブレーキをかけたのであるが、仮りにその必要があったとすれば、それは、被害車は、減速せず左カーブを小廻りできないスピードで近づいたので、加害車との衝突を避けるためには、不安定な状態で直進し、急ブレーキをかけなければならなくなり、そのため転倒したのである。

したがって、被控訴人には過失がなく、免責されるべきであるが、仮りにその主張が理由がないとしても、控訴人章の過失は右のとおり被控訴人のそれよりはるかに大きいのであるから、大幅な過失相殺がなされるべきである。

二  控訴人章の損害について。

1  逸失利益。控訴人章主張の算出方式は争う。昭和四四年当時の賃金センサスにより、ライプニッツ方式を用いて算出すべきである。

2  車椅子代。身体障害者福祉法第二〇条第一項は、身体障害者からの申請により、車椅子が交付、修理され、またはその費用が支給されることになっており、その基準が厚生省告示で定められている。これによれば、耐用年数は四年とされ、一台七万一、〇〇〇円~八万六、二〇〇円の車椅子が四年毎に支給されるわけである。なお、歩行可能者でも年二万円程度の履物代は必要とするので、特に車椅子の出費が損失となるわけではない。

以上のとおり、車椅子につき控訴人章に損害は生じないが、仮りに生じるとしても、標準型車は五万五、〇〇〇円程度で市販されているので、この額によるべきである。

三  控訴人節男の損害について。

控訴人節男主張の家屋改修費は、実質は新築費であり、そのうち本件事故と因果関係があるのは、身体障害対策のための施工による増加額を限度とする。

理由

一  原判決事実摘示の請求原因第一、二項の事実は、当事者間に争いがない。

そして本件事故の概要は、≪証拠省略≫を総合すれば、控訴人章運転の原動機付自動二輪車(被害車)は、別紙図面のように、本件道路を塩山市三日市場方面から山梨市方面に向かい、の各点を走行し、カーブ地点にさしかかったところ、反対方向から走行して来た被控訴人運転の普通乗用車(加害車)と正面衝突する危険を感じたので、点付近で停止しようとして急ブレーキをかけたため、その勢で章は被害車から右側に投げ出され、加害車の急停車の措置も間に合わず、章の身体が加害車のフェンダー右下部に激突し、さらに道路上の地点付近に転倒し、負傷したものであり、なお被害車自体は、加害車と接触することなく、地点付近にハンドルを南側に倒して倒れ、加害車は地点付近に停車したものであることが認められる。

二  そこで、被控訴人の免責の主張についてみる。

≪証拠省略≫を総合すれば、本件事故現場は、被害車からみて大きく左にカーブしている幅員約五・五メートルのセンターライン表示のないアスファルト舗装道路上であって、当時すでに日が暮れて暗く、霧雨が降って道路は濡れており、見通しが不良であったこと、そのため加害車、被害車とも互に相手方を約九〇メートル前後の距離でライトのみによって認識したこと、そして被害車は時速約四〇キロ、加害車は約五〇キロで進行し、カーブにさしかかって相互にやや減速したけれども、一瞬にして前記のように本件事故となったこと、現場には、別紙図面点から点に向かい約六・四メートルにわたり被害車のスリップ痕が残されていたこと、以上の事実が認められ(る。)≪証拠判断省略≫

右認定事実のもとにおいては、本件事故が直接には被害車の急ブレーキの措置によって発生したことは明らかであり、道路、天候、時刻のいずれの状況をとっても、また≪証拠省略≫により認められるところの、自動二輪車の急ブレーキは危険で、慎重にしないと転倒するものであることから考えても、章の被害車の操作それ自体は、必然的に転倒事故を来たす危険なものであったといわざるをえない。そして加害車が急停車の措置をとった時期、方法は、右緊急の状態のもとにおいては、妥当であったと考えられる。

しかしながら、章が急ブレーキをかけた理由は、正面衝突の危険を感じたためであったことは明らかであるから、問題はまず、右危険が真実であったか、章の誤認に基づくものかにある。この点につき、控訴人章本人は、加害車のライトがはじめ道路右(被害車から見て)の路肩を照らしていたが、近づくにつれ、急に正面から被害車を照らして来たので、正面衝突の危険を感じた旨供述する。本件道路のカーブ状況から、通常なら加害車のライトは被害車から見てわずかに右向きに照らすはずであること、危険を冒してまで急ブレーキをかけるのは、明確な状況認識に基づくのが通常であること、章は一年半前自動二輪の免許をとり、常時運転し(遠乗りをしたこともある。)、かなり慣れて来ており、しかもそれまで無事故であったこと(章本人の供述で認める。)から考えて、章本人の前記供述は信用でき、誤認に基づく見当違いの判断であるとは思われず、正面衝突の危険は現実であったと認められる。

そこで右危険に至った原因をみるに、前認定のように、加害車の停車位置点がその進行方向から見て本件道路の左側であることからすれば、加害車は、本件カーブをずっと小廻りに進行していたと断定はできないけれども、少くともいったんは、なるべく小廻りしようとして、章が前記危険を感ずる程度に右寄りに進行したのではないかとの疑いをぬぐい去ることはできない。

右の点につき、これを積極的に否定する被控訴本人の供述は、満幅の信を措きがたく、他に被控訴人の無過失を認めるに足りる証拠はない。

次に、被控訴人は、章がスピードを出し過ぎ、左小廻りが出来なかったので正面衝突の危険をみずから招いた旨主張するが、前認定のように、被害車は時速四〇キロからさらに減速して進行していたのであり、そのスリップ痕は被害車の進行車線を直進していること、章が暴走をあえてする性格とは認められないことから考えて、理由がない。

そうすると、結局、被控訴人は、自賠法三条但書による免責はなお認められず、本件事故による控訴人らの損害を賠償する義務があるといわなければならない。

三  進んで損害について考える。

1  控訴人章の傷害の部位程度および後遺症(下半身弛緩性麻痺、膀胱直腸麻痺、自律排泄不能)、同控訴人の被った損害のうち治療費、入院雑費、付添費、将来の治療費、控訴人窪田節男の被った損害のうち家屋改修費、控賜人ら三名の被った精神上の損害(慰藉料)についての当裁判所の認定判断は、原判決一〇丁裏末行から一二丁表八行目まで、同一三丁裏五行目から同一四丁表四行目まで、同七行目から同一五丁表一行目まで、同四行目から六行目まで(すなわち原判示(一)(二)(三)(五)(六)(八)(九)(一一)の損害部分)のとおりである。

なお、控訴人節男本人の供述(原審および当審第一回)によれば、その主張の家屋改修は、控訴人章のため別棟を新築したものであることが認められるが、章の後遺症の対策上余儀なくされたものである以上、うち二〇〇万円につき本件事故との相当因果関係を認め、その余は任意の支出としてこれを否定するのが相当である。

2  控訴人章の逸失利益。

控訴人章、同節男各本人の供述(いずれも原審、当審)によれば、章は本件事故当時一七才の高校生で、大学進学の希望を有し、卒業後は給与生活者となる予定であり、その可能性は十分であったと認められる。ところが本件事故による前記後遺症(第一級相当の障害)のため通常の就労は不可能であり、労働能力喪失率はきわめて高いと認められるが、章本人の供述によると、同人の非常な努力や周囲の好意によるとはいえ、現に病院の臨時職員として勤務しており、将来は何らかの資格をとろうと勉学中で、身体障害者用の自動車の運転免許をも取得していることが認められるので、喪失率を七〇パーセントと見るのを相当とする(労働政策上取り扱われる労働能力喪失率は、損害賠償の場合には、そのまま妥当しない。)。

そこで、章の逸失利益の額は、大学卒業者の給与水準により、その七〇パーセントとして算出するのが相当であるが、昭和四八年度(章の大学卒業予定の年。被控訴人主張のように昭和四四年度のものに固定する理由はない。)の賃金センサスによると、大学卒業者(企業規模計)の二二才から四一才までの年平均給与額(全年齢層の平均によりうるとも考えられるが、控え目に見て、控訴人主張の右年齢層の平均額を採用する。)は計算上一八九万八、一〇五円となるから、章が二二才から就労可能な六五才まで四三年間毎年右金額を得たとし、その総額の七〇パーセントにつき、ホフマン式により(被控訴人主張のライプニッツ式は採らない。)、本件事故時の現価を算出すれば、

一、八九八、一〇五円×〇・七×(四八年係数二四・一二六三―五年係数四・三六四三)=二六、二五七、二四五円

となる。

3 車椅子。

控訴人章が車椅子を必須とすることは認められるが、身体障害者福祉法第二〇条によれば、身体障害者は、申請により車椅子またはその費用を知事等援護機関から支給されることになっており、その細目として、厚生大臣告示で、少くとも四年毎に右支給がある旨定められている(現に、章はすでに二回支給を受けていることが、当審第二回の控訴人節男本人の供述で認められる。)。したがって、車椅子をみずから購入する必要がないように一応保障されているのであるから、それ以上特別に購入したとしても、任意の支出として本件事故と相当因果関係を欠くといわなければならない。

4 弁護士費用。後に判示する。

四  以上のとおりで、控訴人章の損害額(弁護士費用を除く。以下同じ。)は合計四、五三〇万九、〇一〇円、控訴人節男の損害額は合計三〇〇万円、控訴人武子の損害額は一〇〇万円となる。

ところが、前記認定のところからみて、控訴人章の過失が本件事故に寄与する率はきわめて高いといわなければならない。すなわち、正面衝突を避けるため左側に避譲する方法をとらず、危険な急ブレーキをかけ、しかもみずから投げ出される拙劣な操作であったものである。したがって、右章の過失と被控訴人の過失は、ほぼ六対四の割合とすることが相当である。

そこで右割合で過失相殺をすれば、控訴人章については(被控訴人主張の塩山病院治療費一八万六、〇三〇円を被控訴人が支払ったことは当事者間に争いないから、これを章の損害として加算し、全損害を四、五四九万五、〇四〇円とした上、過失相殺することとする。最判昭和四八年四月五日判決、民集二七巻三号四一九頁参照)一、八一九万八、〇一六円、控訴人節男については一二〇万円、控訴人武子については四〇万円が、被控訴人の負担すべき賠償額となるところ、控訴人章について、自賠責保険による内払額五三一万二、九七〇円および前記塩山病院治療費の立替払は当事者間に争いがないから、結局章に対する被控訴人の賠償義務は、一、二六九万九、〇一六円となる。

五  弁護士費用について考えると、本件事案の内容、認容額、第二審まで訴訟活動を要したことなど諸般の事情に照らし、控訴人らの損害として被控訴人に負担せしめるべき相当額は、控訴人章につき一二〇万円、控訴人節男につき一五万円、控訴人武子につき五万円とするのが相当である。

六  以上のとおりで、本件請求は、控訴人章につき金一、三八九万九、〇一六円、同節男につき金一三五万円、同武子につき金四五万円、および右各金員のうち弁護士費用と家屋改修費を除くその余(章は一、二六九万九、〇一六円、節男、武子は各四〇万円)に対する本件事故の翌日の昭和四四年一一月二日から、残金(章は一二〇万円、節男は九五万円、武子は五万円)に対する本件訴状送達の翌日の昭和四七年一一月一六日から、各支払ずみまで年五分の遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、これを認容し、その余は失当として棄却すべきである。そこで、これと結論を異にする原判決をそのとおり変更することとする。

被控訴人の付帯控訴は理由がないから棄却すべきものとする。

よって、訴訟費用につき民訴法第九六条、第八九条、第九二条、第九三条第一項を、仮執行につき同法第一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 瀬戸正二 裁判官 小堀勇 奈良次郎)

〈以下省略〉

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